2022.03.10(木)学術活動
宮内昭院長退任記念特別講演会
2022年4月には当院の宮内昭は院長の任を降りて名誉院長となり、副院長の赤水尚史が院長に就任します。そこで、宮内が院長に就任した2001年から年1回開催し今回で第22回となる隈病院甲状腺研究会は宮内の永年の業績を紹介する記念特別講演会として3月5日(土)にホテルオークラ神戸で開催することになりました。しかし、新型コロナ感染症の流行がまだ収まらない状況であったので、現地参加者は少数の招待者のみに制限し、講演の様子はWebで同時配信されました。
講演会は診療本部長小野田尚佳による総合司会で執り行われました。まず、この講演会の準備委員長:宮章博副院長による開会の辞において、宮内の院長就任以来、診療面では外来患者数、新患数、手術症例数がいずれも約2倍に急激に増加したこと、学術面では「甲状腺」、「甲状腺腫瘍/甲状腺癌」に関する論文数がそれ以前の10倍以上に増加し、2001年〜2010年では「甲状腺腫瘍/甲状腺癌」の論文数において世界で第4位の施設となったことの紹介がありました。
宮内院長の簡潔な挨拶の後、特別企画1:「神戸から隈病院から世界に発信した臨床的に有用な情報」が日本医科大学内分泌外科教授で日本内分泌外科学会副理事長の杉谷巌先生の司会にて始められました。
このセッションの演題1では「先天性下咽頭梨状窩瘻と急性化膿性甲状腺炎」と題して外科副科長舛岡裕雄が隈病院と大阪大学第二外科との共同研究で発見されたこの疾患の臨床的事項と治療法の進歩、特に手術から直達喉頭鏡下化学焼灼療法、さらに半導体レーザ焼灼療法への変遷およびそれらの治療成績などを講演しました。この疾患は希ですが、これを発見し世界で最初に報告した隈病院では、恐らく日本最多と思われる234症例を経験しています。胎生期の第4咽頭嚢の尾側にできる鰓後体が尾側に遊走し、甲状腺に入ってC細胞となります。宮内はこの瘻孔は鰓後体・C細胞の遊走過程で引き連れられた咽頭粘膜が遺残したものであるとの説を立てました。これはMooreとPersaudの人体発生学の教科書にも採用されています。
演題2では治験臨床試験管理科科長伊藤康弘が「ITET/CASTLE/ITTCの発見と独立疾患としての提唱とその後の発展」の講演を行いました。この疾患も隈病院で発見されたものです。発見から論文発表とその後の変遷について大変興味深いエピソードを交えての講演でした。宮内が隈病院で非常勤医師として働いていたときに病理組織像が甲状腺の低分化な扁平上皮癌に似ているが、色々の臨床像がこれとは異なり、扁平上皮癌より遥かに予後が良い腫瘍の3症例を見出し、これを甲状腺に迷入した胸腺細胞由来の腫瘍と考えて「Intrathyroidal Epithelial Thymoma, ITET」と命名して論文をある雑誌に投稿しました。論文が一旦アクセプトされたが反転してリジェクト、そしてどんでん返しでアクセプトされ掲載されたこと、さらに後日に胸腺由来との根拠が乏しいとして病名が[CASTLE](胸腺様分化を示す癌)に変えられたこと、しかし、最近になって胸腺由来であることが認められ病名が元の名称に近い「Intrathyroid Thymic Carcinoma, ITTC」となったことが紹介されました。さらに、宮内・伊藤による全国アンケート調査の結果の紹介と当院で経験した15症例についての報告がありました。この腫瘍は、他の甲状腺癌とは異なり術後に放射線照射を加えることが重要であることが説明されました。
演題3では内科科長伊藤充が「甲状腺全摘術後レボチロキシン内服患者における甲状腺機能の評価」の講演をしました。甲状腺全摘術後にこの甲状腺ホルモン剤を服用している患者においては、血中TSH値とFT4値が正常範囲内であってもしばしば患者さんが寒がりと訴えるので詳しく調べて欲しいとの宮内の要望により、伊藤充が詳しく調べました。すると、この様な患者さんでは活性型の甲状腺ホルモンであるFT3値が少し低いこと、FT3値が正常となるのは、血中TSH値が軽度低値であり、FT4が軽度高値のときであることを見出しました。ヒトの血中のT3の80%はT4がT3に変換されてできますが、T3の20%は甲状腺由来です。ですから、甲状腺全摘後はT3が20%不足となるのです。このように、旧来の教科書的なTSHを重視した判断ではなく、ホルモン活性があるFT3値を重視するべきであるとの考え方です。因みにFT3値が正常であるときに色々の代謝マーカー値と臨床症状も正常を示します。バセドウ病に対する放射性ヨウ素内用療法後に甲状腺が萎縮した患者でも同様のことが起こっているとのことでした。
特別企画2 宮内昭院長退任記念講演は、座長の筑波大学乳腺・甲状腺・内分泌外科教授で日本内分泌外科学会理事長の原尚人先生による非常に丁寧な宮内院長の紹介で始まりました。講演のタイトルは「隈病院とともに育った内分泌外科医の半世紀:内分泌疾患のより良い疾病管理を目指して」であり、まず半世紀を振り返って1970年に大阪大学を卒業、1年間阪大病院で外科と麻酔科で研修、2年間吹田市民病院勤務の後、しっかり勉強したいと阪大第二外科に入局、内分泌外科担当の高井新一郎先生についたことによって内分泌外科に進むことになったこと、アルバイト先として隈病院隈寛二先生を紹介されたこと、陣内教授の計らいで宮地教授の第一病理学教室で2年半余り病理を勉強したことを話しました。これら事々が上記のITETの発見、甲状腺髄様癌の研究、カルシトニン・ダブリングタイムやサイログロブリン・ダブリングタイム、さらにはダブリングレートへと研究がつながったこと、剖検での甲状腺ラテント癌の研究と穿刺吸引細胞診が絡まり合って低リスクの甲状腺微小乳頭癌の積極的経過観察の提唱へと広がったことが述べられました。宮内は多くの研究成果の中から、1.反回神経再建による音声の回復、2.血清腫瘍マーカーダブリングタイム・ダブリングレート、および3.低リスク甲状腺微小癌の積極的経過観察の3つのトピックスを取り上げて講演いたしました。いずれも宮内のオリジナリティーが高いものであり、しかも、臨床的に非常に意義の高い研究成果であり、まさしく、「神戸から、隈病院から、患者さんと医師たちに有用な情報を発信する」との標語の元に院長在任中の21年間、活動してきた成果を物語る講演でした。
一旦は沈静化するかと思われた新型コロナ感染症の流行はオミクロン株の出現によって急上昇し、まだくすぶり続けている状況であったので、この講演会の現地参加者は限られた人数となりました。しかし、同時に配信されたWebでの参加者を加えると500名を超える視聴者となり、このような状況下としては大成功であったと言えます。
当院公式のYouTubeチャンネルにて、この研究会の動画をアップしています。動画の視聴には、年齢確認のためYoutube/Googleアカウントへのログインが求められる場合がありますのでご了承ください。
総合司会する小野田尚佳(左)、準備委員長宮章博(右)
司会の原尚人先生(左)、杉谷巌先生(右)
講演する舛岡裕雄(左)、伊藤充(中)、伊藤康弘(右)
講演を始めた宮内 昭
講演後に花束を贈呈された宮内 昭と夫人の光世
左より隈夏樹理事長、宮内昭院長、赤水尚史副院長