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2020.04.12

声帯に指令を伝える反回神経の再建

甲状腺手術では声帯に指令を伝える反回神経の切除・損傷が避けられない場合があります。
隈病院では反回神経の再建手術を行い、正常に近い声の回復に努めています。

甲状腺がんの手術を行う際に、声帯に指令を伝える反回神経を切断せざるを得ないことがあります。この神経が切断されると声帯がきちんと閉じなくなり、しかも萎縮するのでかすれ声となり、飲食時には誤嚥(間違って食べ物が気管に入る)を起こやすくなります。この神経を再建すると、声帯の動きそのものは回復しませんが、萎縮からは回復し、発声時の声帯の緊張も回復するので音声はほぼ正常近くまで回復し、誤嚥も軽減します。

再建の方法には、①切った反回神経を直接縫い合わせる、②神経の欠損が長い場合には別の場所から神経を持ってきて欠損部を補う方法が従来からありました。しかし、後者の方法は2か所縫い合わせるので手術が難しく断念せざるを得ない場合もありました。

当院の三代目院長宮内昭は独自の発想で頸神経ワナという別の神経と反回神経をつなぐ方法(頸神経ワナ・反回神経吻合)を考案。以降、当院ではすでに約450名の方がほぼ元の声を取り戻せています。

甲状腺がんの切除手術では、声帯の神経を切除せざるを得ないケースがあります

声が出る仕組みをご存知でしょうか。喉仏の中に声帯があります。声帯は左右2枚あり、息を吸う際には開きますが、声を出すときや食べ物を飲み込む時にはその2枚の隙間を閉じるように反回神経を通じて指令が伝わります。閉じた声帯を呼気によって震わせることにより、クラリネットやサキソフォンのリードが振動して鳴るのと同様な仕組みで音が出ます。

この発声に不可欠な反回神経に甲状腺がんが食い込んでしまい、反回神経が麻痺し、声帯も麻痺することがあります。このような場合には、反回神経を切らざるを得ません。声帯が麻痺していない場合でも甲状腺がんと一緒に反回神経を切らざるを得ない場合もあります。また、細かな部分の手術であるため、誤って反回神経を切断してしまうことも、確率的には低いもののゼロではありません。このような場合に声帯の隙間が開いたままになって、かすれ声となり発声時間も短くなりますし、声帯の隙間から食べ物が気管に入って誤嚥しやすくなります。誤嚥すると肺炎が起こることもあります。

従来の反射神経再建の方法:「端々吻合」と「遊離神経移植」

この声帯神経の再建には従来2つの方法がありました。1つは直接吻合と呼ばれ、切れたところを直接縫い合わせる方法です(下のイラスト図A参照)。しかし、反回神経をある程度の長さ切除すると、両方の端を縫い合わせることができなくなります。その場合には、別の場所の神経を何センチか切り取ってきて、神経の欠如している部分を埋める遊離神経移植という手法があります。この場合には2カ所で縫い合わせることが必要です(下のイラスト図B参照)。しかし、この場合は手術が困難であり、場合によっては断念せざるを得ないことも少なくありません。

ただ、注意していただきたいのですが、いずれの方法でも実は声帯は動くようにはならないのです。反回神経は閉じる働きの神経線維と開く働きを伝える神経線維で構成されていて、神経を縫い合わせても、神経が再生する時にこの2つの神経線維の間にチャンネル間違いが生じてしまいますが、現在の医療技術ではこの神経過誤再生を避けることは不可能です。声帯を開く筋肉と閉じる筋肉に働くように指令が同時に伝わることになるので、声帯は動くようにはならず、一般的にはいつも閉じた状態になります。しかし神経の刺激が声帯に伝わるようになるので声帯は萎縮から回復し、もう片側の声帯が正常に機能していると、元の声に近い音が出せるようになるわけです。

隈病院でよく行われている「頸神経ワナ・反回神経吻合」

つまり、片側の声帯を萎縮なく閉じた状態に保つことができさえすれば、元のような声が出ることになります。このことから、当院の三代目院長宮内昭は1990年に独自の発想で頸神経ワナという別の神経と反回神経をつなぐ方法「頸神経ワナ・反回神経吻合」を考案し発表しました(上のイラスト図C参照)。しかし、この方法は米国のCrumley先生がそれより4年前に報告していることが判明し、これは世界で2番目の実施ということになりました。

「頸神経ワナ・反回神経吻合」は、反回神経の近くを通っている頸神経ワナという神経を切って、これを反回神経に縫い合わせる方法です。そうすることで、この神経につながった側の声帯が萎縮から回復し、きちんと閉じるようになります。反対側の声帯が正常に機能していれば元の声に近い声が出るわけです。縫い合わせるのは1カ所のみであり、手術しやすい場所で縫い合わせることができます。頸神経ワナは甲状腺の前面にある筋肉に指令を伝える神経です。この神経を切るとその指令を受ける筋肉は萎縮しますが、実際的には機能的にも美容的にもほとんど問題がありません。

甲状腺がんの手術あるいは甲状腺の手術では、反回神経の切除を要する場合があり、まれには反回神経を誤って切ってしまう場合もあります。このような場合には、隈病院では以前より積極的に、反回神経の再建を甲状腺の手術と同時に施行するように努めています。すでに450名以上に反回神経再建を施行しました。当院が行う再建方法として最も多いのが、この「頸神経ワナ・反回神経吻合」です。この手法によって、従来は再建が困難であった症例でも再建できるようになりました。なお、現時点では、この反回神経再建手術には保険が適用されていませんが、隈病院では患者負担ではなく病院負担によって、このような努力を続けています。